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子育てのこと

がんばれ!夢の甲子園

今日は春の選抜高校野球をテレビで応援していました。

上の息子の母校の札幌大谷高校がなんと初出場で2回戦に進出です。

息子はもう卒業して4年経っているので、もちろん知っている子はいません。

息子は野球部でもなかったのですが、何しろ創部10年で初出場と言う学校の歴史に残る大きな出来事です。

開会式の中継で入場行進をする姿を見たら、とてもさわやかでかっこよく、「絶対応援しよう!」と思いました。

吹奏楽部の息子

息子は中学校から大谷に通いました。

トロンボーンと言う楽器を小学校からやっていて、本気でやりたいと言って受験しました。

大谷は息子が入る1年前から男女共学になりましたが、中学校から「音楽コース」「美術コース」などの芸術に特化したコースやバレー、卓球、サッカー、野球などの部活動に取り組む子たち、有名大学を目指す勉強ができる子たちなどが入試を受けていました。

息子は「音楽コース」ですが、クラスは勉強のコース以外の子たちをごちゃ混ぜにし、二つに分けられていました。

それぞれに目標があって集まってきた子たちで、学校の教育内容も公立とは違って個性や能力を伸ばすことを重視してくれていて、勉強の成績よりも大会やコンクールの結果を大きく取り上げてくれました。

服装や礼儀などには厳しく、「腰パンしてた先輩が校長室でお説教だった」という話を聞いて、「普通の中学校だったらたくさんいるから、校長室は大行列だね」と言ったのを覚えています。

おかげで、息子は高校生になっても服装だけはきちんとしていました。

個性豊かな同級生たちと一緒の夢

同級生の中には野球部の子もいて、野球部は当時「中学校から硬式野球ができる」と言うので、少年野球チームで活躍していた子たちが集まっていました。

もともとやんちゃで身体を動かすタイプだったので、運動部の子たちとも仲がよかったようです。

もちろん同じ「音楽コース」の子たちとも仲がよかったのですが、休み時間にワイワイ遊ぶのは運動部の子たちでした。

中でも高校生になってもずっと仲がよかった友だちと「高校生になったら甲子園に行きたいね」と話していたそうです。

野球部の友だちは選手として試合に出て、うちの息子はスタンドで楽器を吹いて応援すると約束したと。

そう、甲子園は選手だけのものではなく、応援団だって青春なんです。

先輩たちと「春高バレー」の応援

女子バレーが昔から強かったので、高校の先輩たちはショートカットで長身の子が目立っていました。

息子は吹奏楽部に入って高校生たちと一緒に活動していたので、先輩たちやその友だちにもかわいがってもらっていたようです。

「春高バレーの応援に行くことになった!」と喜んでいたので、テレビで応援団の中で楽器を吹く息子の姿を探しました。

応援はとても盛り上がったらしく、「もう、絶対オレ甲子園に行って応援する」と大興奮でした。

甲子園の夢はかなわず卒業

高校生になり、中学校からエスカレーターで進学した子と高校から入ってきた子たちで一気に人数が増え、クラスも「音楽科」だけのクラスになりました。

高校では勉強の時間数が科によって違いますし、音楽はレッスン室が近く、音が周りに迷惑にならないような離れた場所になります。

部活や専門の活動でそれぞれに忙しい合間を縫って、相変わらず野球の友だちとは仲良くしていました。

野球は地区大会でいいところまで行き、全校応援に行くことはありましたが、楽器を吹いて応援する機会はありませんでした。

純粋に「甲子園!」と夢や目標を描いていた中学生の頃を懐かしんでいました。

母校の快挙に・・

地元を離れているため、口実にして集まって飲むことはできないようですが、息子も密かに喜んでいたようです。

1回戦に勝った時も「勝ったね」とラインしたら、「どこまで行くかな」と返って来ました。

たくさんの学校の中から勝ち上がり、あの甲子園球場に行けただけでもすごいことです。

開会式から見ていて、大谷の子たちはいい顔でしたね。いつも。

本当にがんばりました!

 

ちなみに、みんな平日の日中で忙しいので誰とも分かち合えず、Twitterで「残念」とつぶやいたら、いいねを何人かくれました。

 

 

 

 

ABOUT ME
ka-san
北海道で暮らしています。 夫(とーさん)と二人で気楽な毎日。 子育てを昨年卒業し、今は自由に家で好きなことをして暮らしています。
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